【滝沢達史×アリスの広場】ゆったりアーツ


美術部を作ったワケ

月に一度、「アリスの広場」に通っている。アリスの広場では「美術部」という活動をしている。美術家だから美術をするのは当たり前のことのように思われるかもしれないが、実はそうでもない。基本的に美術というのは新しいものを生み出す仕事であるから、今生きている美術家(もしくはのちにそう呼ばれる人)は「これって美術か?」とか「美術なんて知らね」というあたりのことに取り組んでいる。だからみんなが「これは美術だなあ、ああ美術だ。」と感じるものはもうすでに過去のものであって、新しく生まれようとしている美術ではないという、ややこしい事情がこの言葉には含まれている。そこで、今では「現代美術」というもう一つの変な名前がつけられている。

 

美  術 → 過去に生まれた新しい感覚が、時間を経て美術として認められたもの。

現代美術 → まだ美術として一般に認められていない新しい感覚。ブレイク前。

 

私は「美術」という言葉に愛着を持っているので全てを美術と呼びたいが、渋々「現代美術」という言葉を使わざるを得ない。昨年の展覧会でも、引きこもり青年の化石コレクションや卓球台を並べたりしたので、「これが美術ですか?」と言われてしまう。しかしこちらとしては「これは美術かな?」というあたりのことを考えているので、それは正しいリアクションであり、むしろそのくらいのラインを狙っている。そして、これら一連のことを様々な価値観の人と話すのには時間も要するのでまとめて、「アート」と呼んだりしている。

Tくんの化石(表現の森/2016)

だからアリスの広場の活動でも、どちらかといえば美術と呼ばれていないコトから当たるのが手短だと思い、今年はじめ頃は台所の掃除などを熱心にやっていた。しかし3ヶ月もした頃よくよく聞いてみると、みんなは絵の書き方を教わりたいと言うのである。それは私の感覚からすれば最も対極にある活動で、はっきりって「無いなあ~。」と思うところであった。しかしなぜそう思ってしまうのだろうかと考えると、そのような拒絶反応自体が現代美術オタクのようにも感じられたので、美術部はみんなが思い描く美術活動をするコトにした。

これまで、自由に絵を描いたり、様々な画材を体験したり、休日の美術館に出かけたり、中之条ビエンナーレに出かけたりといった活動をしている。そしてアーツ前橋の展示替えがあった時の休館日には美術館ツアーに訪れており、それを「ゆったりアーツ」と呼んでいる。美術部は8名ほどの人数だが毎回みんなが参加できるわけでもない。2ヶ月ぶりに来たとすれば、その子にとっては大きなチャレンジであって、来るだけで気持ちは臨界点だろう。普通の感覚では些細なことも泣けるほどの大きな刺激になることもある。今回の展示(ヒツクリコ ガツクリコ)は、とても良い展覧会だと感じたが、もう一つ興味を覚えるのは、そのような繊細な感覚の持ち主と作品を鑑賞することは、また別の感覚を与えてくれるということだ。美術鑑賞に限ったことではないが、「何を見るか」とともに、「誰と見るか」の作用はとても大きい。ここ数回アリス美術部で何をしようかとアイデアを巡らせたが、大切なのは「何をするか」ではなく「誰とするか」なのかもしれない。そのことをゆっくり感じられるような時間を美術部では作りたいと思っている。

(執筆・投稿 滝沢達史)

 

  

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