【廣瀬・後藤×のぞみの家】のぞみの家のスタッフインタビュー1


2016年の「表現の森 協働としてのアート」展に際して始まった廣瀬智央・後藤朋美×のぞみの家「タイムカプセルプロジェクト」。2021年11月10日、毎年恒例のピザパーティーを行い、これまで関わってくださったのぞみの家のスタッフのみなさんにこのプロジェクトについてのインタビューを行いました。

日時=2021年11月10日(土)15:00〜16:00

参加者=廣瀬智央(アーティスト)、後藤朋美(アーティスト、文中ではごっとんと表記)、内藤浩一郎さん(のぞみの家施設長)、廣瀬一寛さん(上毛愛隣社事務局長、文中では一寛さんと表記)

主催=アートによる対話を考える実行委員会 共催=アーツ前橋

助成=令和3年度 文化庁 地域と協働した博物館創造活動支援事業

 

プロジェクトのきっかけ

一同:よろしくお願いします。

後藤朋美(ごっとん)

ごっとん:今日は2021年の11月10日で、一年に一度のタイムカプセルプロジェクト「ピッツァのデリバリー」の前です。毎年お世話になっております。今日はありがとうございます。

内藤/一寛:こちらこそありがとうございます。

ごっとん:今日はイタリアから廣瀬智央さんも来てくださって、私と廣瀬さんで、内藤施設長さんとのぞみの家の一寛さんに、ここ何年かのプロジェクトを通しての、感想やご意見をいただきたいなと思っております。

廣瀬:最初の時期は空のプロジェクトで始まり、それをまたさらに延長した形で〈タイムカプセルプロジェクト〉っていうのがあって、大分経過しました。この 2 年間(コロナ禍で)ほとんど何もできない状態の中で、とりあえずこういうチャンスを与えていただいて本当にありがとうございます。少しでもね。これを途切れずに続けられるというのは大事なことだと思っています。いくつか質問させていただいて、順番に答えをいただいたらありがたいと思うんですけども。

ごっとん:2012 年の〈空の看板のプロジェクト〉が始まる前に、当時のアーツ前橋館長の住友さんと学芸員だった野崎さんと私が一緒にのぞみの家に来ましたね。もしかしたらその前にも(アーツ前橋館長さんと学芸員さんが)一度来てるかもしれないとは思うんですけど、館長さんや学芸員さんがアーツと一緒にのぞみの家でプロジェクトをしませんか?と、相談に来てから、「じゃあアーツさんと一緒にやりましょう」という気持ちを固めたきっかけなどはあったんでしょうか? どんな理由で私たちを受け入れてくれたんですか?

内藤:私が絵が好きだったっていうのがありますね。それでアーティストっていう人たちって面白い人がいっぱいいるじゃないですか?施設に住んでる方々がそういう方たちと接するのはいいことかなと思いまして。

ごっとん:嬉しいです。芸術に理解があったのですね。詳細については全然知らなかったので今のお話を聞けて嬉しいです。実際にスタートして、あの頃は今よりもかなり頻繁に通っていたと思うんですけど、集会室みたいなのものもあって、お母さんも子どもたちも結構集まってくれて、みんなで遊んだりも含めて一緒に空の写真の交換をしていましたけれど、その様子を内藤さんは客観的に見守ってくださったと思うんですが、実際にプロジェクトが始まってからはどんな感想とかをお持ちになったのでしょうか?

内藤施設長

内藤:空プロ(空のプロジェクト)も面白いなとか、タイムカプセルプロジェクトも面白いなっていう風に見てました。もうやめてしまいましたけど、当時の職員の町田が中心になって色々やってくれたので、タイムカプセルプロジェクトのこういうお話のことは聞けてたわけです。

ごっとん:そういえば、空のプロジェクトについては、一番最初にアーツが始まる前に、廣瀬さんの空の看板を作ることをきっかけに、イタリアの空と前橋の空を交換する“近い空と遠い空”を撮影しながら、私たちが想いを交換できるいいきっかけをいただいてたんですけれども、そのことについてなかなかお話しする機会がなかったので、今回内藤さんとこういうお話ができてとても嬉しいです。

内藤:ありがとうございます。

廣瀬智央

後藤:廣瀬さんはイタリアからどんな感じでスタートを眺めてたんでしょうか?

廣瀬とりあえず僕の役割は手紙と写真のを交換する立場です。要はなかなか日本に来ることができないし、前橋とミラノを繋げるのが重要ですから。まずは写真の交換と手紙を書くところからやらないといけなくて、まだそう深く知らない相手にどうのような手紙を書いて対話するか迷ったりしました。実際に手紙を書いて返信が届くと僕自身も嬉しかったんですね。前も言ったかもしれないですが、子どもの頃に外国から郵便が届くだけで嬉しい体験をしたので。

ごっとん:外国の切手がついた手紙ってとても嬉しかったですよね。

 

プロジェクトに期待すること-ピッツァを巡って

廣瀬:そんな感じで始まった私たちのプロジェクトですが、将来的にこのプロジェクトがどういうものであったらいいのかっていう要望とか、改めてちょっとお聞きしてみたいなとは思ってるんですけど。色々イレギュラーなことがいっぱいあったり、今までの形じゃない方向性とかも出てくると思うんですけども。あるいはこのままの形での延長というのでもいいと思うんですけども。もし何か要望があったら、急にはちょっと難しいのかもしれないですが、お答えいただければと思います。

廣瀬一寛さん

一寛:難しい質問ですね。

廣瀬:いきなり難しいですよね。

後藤:例えば、コロナの前から一緒にプロジェクトさせていただいてるんですけど、その頃から今までの中で空のプロジェクトや心の花のプロジェクトを通して、お母さんとか子どもたちの反応とか影響とか、あるいは内藤さんや一寛さんからの目線で何か感じるものなどはありましたか?ここ 1 年 2 年があまり稼働できていないので、記憶を辿っていただく形にはなると思うんですけれども。

廣瀬:まあ唯一続けられてるのはピッツァなんで。

後藤:ピッツァのことが一番わかりやすいかしら?

内藤:そうですね。住んでいらっしゃるみなさんが、後藤さんと廣瀬さんのおかげで、普段だったら体験できないようなこともたくさん体験させていただいてますし、それによってその何ていうのかな、心が解放されるっていうか、そういう面は強いと思います。中には、ずっと住んでるところではないので、引っ越してしまう人もいらっしゃいます。けれども、引っ越した後でもね。そういう関係性が持てていければと思うんですけどね。

ごっとん:そうですね。

廣瀬:全ての人ではないけど、一部でもいいから、関係が長く続いていければ非常にこのプロジェクトのやりがいもあるし、何か発見もあると思うんです。残念ながら、この施設から引っ越しされてしまうと育ててきた関係が終わってしまう場合がほとんどなので、それがとても寂しいですね。

内藤:そうですね・・・。それで、やっぱり皆さん食べること大好きなので。

廣瀬:そうなんですね。今回なんとかデリバリーでも維持できたのがよかったです。一番いいのは、以前のようにやっぱり本当にピザ窯で焼いているところまで見てもらって食べるのが最高なんですけどね。来年、少しでもそうできるといいんですけど。

内藤:それがまたね。復活できることを願ってます。

一寛:今住んでらっしゃる方で、その窯が来てピザを焼いて食べたという体験をしている方々の方が少ないかもしれませんね。

廣瀬:そうですね。いないかもしれないですね。

一寛:いないかもしれないですね。

廣瀬:例えばキャンプに行ったとして、ただテントに泊まるよりキャンプファイヤーをやったり、ご飯まで食べると盛り上がるのと一緒ですね。そのライブ感っていうのがある方が断然盛り上がりますよね。もともとこれはある男の子が、「イタリアの本物のピッツァってどんなの?」という質問から始まったのがきっかけだったんです。当時、まさか前橋にピザ窯を作ってる会社(増田煉瓦株式会社)があると思わなかったんですが、(その会社を知って)会社の方に協力いただいて、実際にやった1 回目は、とても盛り上がって大好評でしたね。

一同:そうでしたね。

内藤:みんな際限なく食べるという感じで。

廣瀬:やっぱり、みんないっしょに庭で食べたことが良かったし、焼きたてだったので、本当に熱々で美味しいから結構みんな食べてましたね。コロナのせいで一つの空間と時間を共有することができないのが残念です。デリバリーだとちょっと冷めちゃうんで。でもみんな、温めたりして、工夫して食べているのかな?

ごっとん:そうですね。デリバリーの時は、増田煉瓦さんのおすすめの温め方とかトッピングについて事前にお聞きしたものを、ピッツァブックに掲載してお配りしています。その後各ご自宅でのトッピング内容とか一番好きなトッピングについてのアンケートもお願いして、それが戻ってきています。何枚かには、お子さんの大きな字で「生ハムが大好き」とか書いてあって。

廣瀬:人気ありましたよね。

 

気付きと変化-このプロジェクトを通じてスタッフのみなさんが感じたこと

廣瀬:次にですね。僕たちと一緒に運営していただいてる内藤施設長や一寛さんや梅村さんが、みなさん自身がこれに関わることで、変化があったとか3 人の皆さん変わったり、影響受けたようなことはありましたか?小さなことでも気付かれたことがありましたら是非お願いしたいんですけど、

一寛空を見上げる機会っていうのは、このプロジェクトがなければなかったかもしれませんね。空の写真を撮るなんてっていう発想がなかったです。そういう気づきもありましたし、先ほど施設長もね、お伝えしましたけど、のぞみの家だけではできないプロジェクトが、アーツのみなさんと一緒に、共に運営することで、赤城山に行ったり、華蔵寺に行ったりっていうようなことが可能になった。それは、施設にとってもかなりプラスになった。

母子家庭のみなさんが外に出ていくきっかけになったんじゃないかと思うんですね。(私たちは)外に出る機会っていうのを多く作っていきたいんですが、そうなってはいけない事情のご家庭もあるので、そのさじ加減がすごく難しい。でも、広く大きい意味では外に出かけていく機会が増えたというのは、施設にとっては非常に喜ばしいことになったんではないかと思います。まあ子どもたちも毎回楽しみにしてましたし。

廣瀬本来であればここはある意味クローズでなければいけない場所で、(オープンにしてしまうと利用者のみなさんに)危険が及んでしまうことがあるわけですからね。でも、僕が面白いなと思うのは、それと相反するように、我々が関わることでオープンになっていく部分もある。クローズとオープンをうまく行ったり来たりすることはできてるんじゃないでしょうか?それができればすごいなと思いつつ、最初にクローズされた施設とプロジェクトを始めることにすごい不安があったんです。でもプロジェクトを受け入れていただいたことで、徐々になんかいい塩梅のところを見つけられるようなことも、できつつあるのではないかと思っています。

一寛:アーツさんにもよくご理解はしていただいて、こういう施設の事情もあるので、まあアーツさんがやりたいところになかなか到達できないというのがちょっと心苦しい部分でもありますけど、のぞみの家の事情もあるので。それで毎回毎回話し合いの中で落とし込む場所が決まっていって、お互いに理解し合いながら進んでくることができた。それは、私たちもそうですし、評価していただいていい部分だと思うんですね。

廣瀬:僕たちも普段だったらそれぞれが好きなことをできるはずなのに。でも、もう一度立ち止まって考えないといけなかったり。それはやっぱり多様性というか、いろんな人がいて異なる事情があるわけだからね。それを考える機会になるんですよね。普段は自分の視点ばかりで物事を測ってしまうので、いざ全く考えの違う人と出会ったり立場が違う人がいると初めて自分も考えて、これでいいのかとさらに考えるし、それで、でもやっぱりしょうがないって(諦めなきゃいけない)こともあるし。だからこそ、共生していく意味が生まれてくると思うんですよね。僕たちは難しい状況に多々直面して非常にありがたいとも言える。だから、そう簡単にいかないところがいいんですよね。

一寛私たちの施設って多数決が成立しないんです。社会的に、かなり弱い立場で悩まれてらっしゃる方たちですから、大は小をかねるというような決め方を絶対していかない施設なんですね。一人一人の母子のご家庭にあった支援をするために、常にどうしたらいいのかということを考えていて、大多数が丸だから、じゃあ丸にっていうような考え方は私たちもしないので、そこにアーツさんが寄り添ってくれたっていうことはすごく(ありがたくて)。私たちもそこで気持ちが変わったといいますか、アーツさんも共に歩んでくださる仲間の一人なんだっていう風に、認識が私も関わりながら変わっていきましたよね。

ごっとん:すごく嬉しいです。

一寛:最初はアーツさんから提案されることに対してできないできないできないっていうことで断ってばっかりだったんです。それが本当にいいのかどうかも私は分からなかったですけど。ただ、なんでできないのかっていうことを、面倒くさがらずに僕も、いちいち、全部、ごっとんやら小田さん(旧アーツ前橋学芸員)に逐一説明させていただいてですね。こういう事情でこういう母子がいらっしゃるので、大多数の家庭は賛成なのにこういう母子がいらっしゃるので、ダメなんですっていうことを、みなさんが受け止めてくださっていたってことは、共に歩んでいく上で信頼できる仲間として、私たちもやっぱりこう距離感が変わってきたというのはね。

廣瀬:嬉しいですね。いい言葉をいただき、ありがとうございます。涙が出そうです。

ごっとん:今鳥肌が立ちました。

廣瀬:そういう意味では美術館のイメージが変わったというようなこともありますか?例えばやっぱり美術館ってまず絵があってというようなイメージがありますが、それだけが美術館じゃないっていうことを共有できたのかな。

「廣瀬智央 地球はレモンのように青い」展(アーツ前橋)でのインスタレーション風景 ©Kigure Shinya

ごっとん:ちょうど廣瀬さんの展覧会とかもありましたしね。

一寛:あのレモンのプロジェクトで作った石鹸もみなさんに配布させていただきました。

廣瀬:アート自体が、洞窟壁画から始まったみたいなことがあって、豊穣であるとか幸せになるとかいうことへの祈願みたいなのもあるので。アートはよりよく生きていくための一つの手法という側面もあっていいのではいかな。今、一寛さんや内藤さんにおっしゃっていただいたような、何かを考えてみんなで良くしていくというような、そういった考える形もアートとして捉えていくというものかな。そういう意味で(美術館の)イメージがだいぶ変わったりしましたか?

一寛:もともと開館前から僕はアーツさんとはご縁があってですね。オープンする時に(開館のイベントで)うちの娘がダンスをしているんです。その時点で不思議な美術館だなって印象はありました。何の飾りもない状態の美術館の中で子どもたちが走り回ってなんか表現してるんだけど、なんかよくわからないという印象からスタートして、まさかこういう形でアーツさんと繋がると、私もその当時思っていなかったですから。(実際にプロジェクトに関わって)こういう気持ちで関わってくださってたんだと、気づく瞬間が、その場その場でありました。

廣瀬:私からも最近感じていた変化についてお伝えしたいことがあるんですけど、以前のようなアーツ中心にプロジェクトを動かしてきたような一方通行じゃなくなっているのが、僕は嬉しいですね。(のぞみの家の方から)逆に提案していただいたりすることが、ここ最近多くなってきて、とても主体的に動いていただいて、キャッチボールができつつあるんですよ。こういうプロジェクトやワークショップって、大概一方通行的じゃないですか?そうじゃなくなっていて、のぞみの家との信頼感やつながりができて、一緒にやってるっている感があることが本当に素晴らしいと思います。

一寛1 年目のが終わって2年目を迎えるときに、もう言葉が悪いんですけど、いいように使ってみようかなって。

一同:(爆笑)

ごっとん:素晴らしいじゃないですか!

一寛:のぞみの家単体ではできないような提案を次々と私もさせていただいて。そうしたら小田さんが補助金持ってきて、補助金持ってきたからできますよっていう話になって。じゃあバス予約しますかって、観光バスが迎えに来るよってなって。でもその時に、全員参加しますという形でお答えできなかったのは、非常に心苦しい部分ではあったんですけど、私たちも誘ってしまうと、あのやっぱり支配的になってしまうので、あくまでもその行く・行かないの主導権はお子さんだとお母さんが持っている。そこを僕たち一番大事にしたかった。そこでこちらから声をかけていきましょうよって言っちゃうともしかしたら断りたかったんだけど、廣瀬さんが言うからっていうので、無理にでも来ちゃうということもあるかもしれない。それだったらやる意味がないし来てもらう意味がないので、実際に見ていただいて、ご自身で行こうって判断された方々が楽しんで帰ってもらえればっていうことが前提にありました。

廣瀬:じゃあ次はキャンプですね。

一寛:キャンプですね。

廣瀬:一寛さんもさんもYMCAのリーダー出身ですよね。YMCAのキャンプでは、キャンプ・ファイヤーで盛り上がる伝統みたいのがありますよね。子供たちにとって、火を囲んでみんなで一体になるというのは特別な体験になるのではないかな。

ごっとん:言葉ではないもので伝わる何かがありますよね。

一寛:焚き火を眺めてるだけでなんか一体感がね。

廣瀬:そういえば、なんか歌とかもみんなで歌ってたけど、そうした覚えもありますね。

ごっとん:早くやりたいですね。そうか、嬉しい。私たち今一番興味があるんです。

2035年のタイムカプセル開封に向けて

廣瀬:今後16年間まだ続くのですが、最終的にみんなが再会する時の状況がどのようになるか分からない。どうなるかが全く予想ができないことが面白いと思っています。このプロジェクトに関わった方々が全員来るのかもしれないし、全く来ないかもしれないし。。。見えない地点への期待があります。ここに関わってくれた人たちそれぞれの想いがあのかもしれないし、成長と同時に子どもたちは興味がなくなって、忘れてしまうと思うんですね。でも、プロジェクトを微かに覚えていて、最後に立ち会えた子供たちは、たくさんの記憶が蘇ってきたりするかもしれない。それに、組織も変わっていくし、館長や施設のスタッフもまた変わっていったりすることがありますから常に変化と生成を繰り返している感じですね。残念なことにこの企画を推進していただいたアーツの住友館長は、いま不在になってしまいました。もし新館長が新しく決まったとして、我々のプロジェクトについて施設から新館長に言葉を伝えるとしたら、何かありますか? 例えば、続けた方がいいのかとか・・・

一寛:僕も詳しく理解してるわけではないんですけど、あの「表現の森」から「表現の生態系」と発展した中で、以前の住友館長がお話ししていただいて、住友館長が残してくれた文章(※1)があるじゃないですか。あれが全てなのかなと思うんです。アーツさんがやりたいことっていうのがこういうことだったんだという。それが理解できた瞬間にあの受け止め方が変わるっていうんでしょうか・・・ちょっと詳しく覚えてないんですけど、あの時に心動かされたのはすごく鮮明に記憶には残っていて。表現の生態系のあの住友館長の文章はおそらく、あの私たちだけではなくて、同じプロジェクトで関わってるいくつかの施設が・・・その中の一つがあの上新田の高齢者福祉施設ですよね?それぞれの施設で関わってる方々が、あの文章で心を動かされたんじゃないかなと思いますけど。

廣瀬:最後にいい言葉がいただけたね。

一寛あれはやっぱり心を打ちますよ。こういう熱い思いを持って始められたことが、ここまで大きくなってっていうことが文章の中に入ってましたからね。

内藤:アーツ前橋が原動力になって、前橋の街がどんどん変わっていけばいいと思いますけど。

ごっとん:表現の森から生態系で、次やるとしたら何ですかね。

一寛:笑

廣瀬:では、今日はどうもありがとうございました。このような機会を設けていただきありがとうございました。

ごっとん:ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

内藤/一寛:ありがとうございました。

 

注釈 ※1「表現の生態系」のなかへ

 

(編集・投稿=福西敏宏)

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