【中島佑太×南橘団地】AISコーディネーターの視点から(文=梶原千恵/群馬大学教育学部大学院生)


「地域にひらかれた教育課程」とは何か

文=梶原千恵[かじわら・ちえ/群馬大学教育学部大学院生]

 

南橘団地×中島佑太は、南橘団地と南橘団地を学区に含む桃川小学校を主なフィールドにしている。私は2018年度桃川小学校の「AIS(アーティスト・イン・スクール)」プログラムのコーディネーターを務めた。コーディネーターの仕事内容は主に学校、美術館、アーティストなど事業に関わる人々の連絡調整、関係調整である。私はこれまで中学校・高校の美術教員として学校・地域間連携に取り組んできたので、教育という視点で南橘団地と桃川小学校でおこった出来事をまとめたい。

南橘団地の子どもを対象にしたワークショップは事業開始当初あまり参加者が集まらなかったという。そこで、南橘団地を学区に含む桃川小学校で中島氏が図画工作科の補助として授業に入るAISを開始した。つまり、AISによってより多くの子どもにアーティストと交流する機会を作り、「表現の森」のワークショップに参加するハードルを下げることがねらいであった。私はそのいきさつを聞いて、はじめは学校が表現活動のために利用されているのではないか危惧した。宮城県の教員をしていたので、東日本大震災後に様々な「支援活動」を受け入れたが、なかには支援活動と称した売名行為、自己中心的行為など、子どもや教員をないがしろにするような活動もあった。そういった出来事は少なからず関係者を消耗させるので、学校に外部人材が入る際は警戒心をもっている。「先生の負担を最小限にして、子どもに学校教育ではカバーできないプラスアルファの学びをもたらすか。」そういった視点がないと、ただでさえ多忙な学校にあえて外からプログラムを持ち込む理由はない。

本年度、図工の授業見学や管理職や担任の先生を含めたミーティングに参加させていただき、中島氏の活動は昨年度と比較してかなり学校に受け入れられつつあることが分かった。その要因は2つ考えられる。1つは校長先生や担任の先生方の受け入れ姿勢が前向きであったことである。校長先生が図画工作の授業を見学に来てくださったり、授業補助ではなく中島氏独自の授業をしてみてはという提案をしてくださったり、担任の先生が図画工作の授業だけでなく特別活動などにもアーティストを誘ってくださったりと、学校外に開かれた考えの先生が多かった。学習指導要領では「地域にひらかれた教育課程」という方針が打ち出され、地域人材を教育課程に起用するだけでなく、教育目標、教育課程自体を地域と共有し一体となって学校をつくっていくことがうたわれているが、全ての学校で実施されているわけではない。多忙な中、負担をおっても受け入れてくださった先生方の姿勢に感謝したい。

もう1つは中島氏の表現のスタイルに基づく子どもとの関わり方によると考えている。中島氏はワークショップを表現手法として用いている。特徴の1つとして「対話と協働」の重視が挙げられる。対話を通して先生や子どものやりたいことを引き出し、助言・支援する。図画工作の授業だけでなく、給食や休み時間、特別活動も子どもと一緒に過ごすことによって子どもや先生と信頼関係を築いていく。従来の「モノ」としての作品制作や作家の特権性を捨象し、出来事作りや参加者との横のつながりを重視した表現手法である。こうした中島氏の姿勢は、従来の知識伝授型からの学習観の転換に沿ったものである。子どもの主体性や探求的な学びの姿勢を引き出そうとするその姿勢から学ぶことは多い。最もその成果が分かりやすいのは「子どもの反応」だろう。中島氏が学校に行くと子ども達が周りを取り囲み話しかける、授業中も「ナカジ!」と呼びかけ助言を求める、休み時間は子ども達が中島氏の手を引いて外遊びに誘うなど、子ども達と水平的な関係を広げつつアーティストとしての専門性を生かした支援を行っている。

今年度の事例においては先生方の普段の関りによって子ども達の基本的な学習・生活規律が身に付けられて外部人材を受け入れる基盤ができていた。そこにアーティストの訪問によって文化的・人間関係的に広がりがもたらされている。学級運営においては教師が縦糸と横糸の関係作りを行うことによって学級に安定がもたらされると言われるが、教師一人がその役割を担う必要はないのではないだろうか。今回のAISのように外部からの支援をうまく利用して学級運営や教科指導に生かすことを先生方にも考えてほしいと思う。

桃川小学校のAISの成果を反映してか、表現の森のWSも多くの子どもが参加していた。学校とは異なり、特にテーマや課題の設定がなく多種多様な素材と戯れ、子ども同士の学び合いから課題を見つけていく子ども達の姿が印象的であった。学校内に挿入されたAISが橋渡しをして地域の文化活動を押し広げている。桃川小学校が核となって地域の文化活動の醸成につながっていく例は、美術教育を通した「開かれた学校」のモデルにもなり、今後どのような発展を見せるのか期待される。

一方、課題としては目標設定が曖昧であることが挙げられる。教育活動でもワークショップでも活動を通して子どもに何を身に付けさせたいのか/どのような変化をもたらしたいのか「ねらい」が重視されることは周知のとおりである。目標設定がないと手段が適正であるか、活動の成果を測りようがない。また、関わる関係者が目的を共有していないと活動の方向性がばらばらになってしまう危険性もある。成果物が残らないからこそ、活動前に課題や目標を共有し、活動中・後の振り返りを十分行う必要がある。予期せぬ変化を柔軟に受け入れて活動に生かしていくこともアートならではの良さであるが、ベースとなる方針は不可欠である。長期的な活動を今後も継続していくのであればそうしたプログラム設計が不可欠であろう。

また、AISで中島氏の表現が十分に発揮されていなかった点も議論の余地が残る。アーティストという子ども達の普段の生活では接することができない人材が学校に入るのであれば、子ども達には従来の学校教育ではカバーできないプラスアルファの学びをさせたいと考える。学校美術(図工)はアートの非常に狭い範囲を切り取って、学校のシステム(制限時間や画一性)に合うように単純化しているところがあるので、本来アートがもつ豊かさを取りこぼしている。アーティストが学校に入るのなら、そういった教師では伝えきれないアートのよさを子どもに実感させる場面があってほしいと考える。授業の妨げにならないようにという中島氏の配慮もあり、現状は教師が主導する授業の補助(T2)としての役割に留まるため、授業を見学する限り、従来の学校美術(図工)を超える、「アート」の幅広さを伝える内容にはなっていなかった。アーティストが表現したいことを学校の文脈で実現できるよう調整するのがコーディネーターの仕事であると考えている。中島氏が学校で表現/実現したいことは何だったのか、コーディネーターとして十分に把握できなかったことは非常に残念である。来年度に向けて、補助という立場でアーティストを派遣することの是非や、他の場面での関わり方の可能性について議論し、学校・アーツ前橋・アーティストそれぞれの意向をすり合わせる形で来年度のプログラム計画に反映させていくべきだ。ともあれ、全国的にアーティストが学校に中長期的に関わる事例は稀有である。今後も活動を継続していく中で、アートを通して学校や地域の関係性に変容をもたらすことに期待している。アーティスト独自の視点で子ども達の可視性の低いニーズを発見し、学校を開いていくことがインクルーシブな社会の実現に向けて重要な役割を果たしていくだろう。

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